紫 式 部
墓 所
世界に知られた歌人 作家の墓

源氏物語作家
目立たない所で見過ごされそうな場所 この石の後ろのムラサキシキブの花は秋には鮮やかな紫色の実を付けます!北区堀川通北大路下ル西側に位置する墳丘 同じ敷地に小野篁(たかむら)の墓がある!
【アクセス】
市バス 「北大路堀川」
〒603-8165
京都市北区紫野西御所田町
「世界遺産」のユネスコが1964年「世界の偉人」の選定制度で日本で唯一選ばれた紫式部 苗字の紫は紫野の雲林院に閑居したからとも作中の「紫の上」から想定されたとも諸説あるようです!
紫式部は970年代前半(973年?)に生まれ1019年頃に没したとされているが正確な記録は残っていない「紫式部の墓」と伝えられている場所は平安期より“蓮台野(れんだいの)”と呼ばれる墓地で貴族たちの共同墓地のようなところだったと推察される!
同じ敷地内に遣隋使として知られている“小野妹子”の子孫で孫には小野道風という優れた学問の家系を誇る歌人の小野篁(たかむら:802〜853)の墓も在る!この二人の墓が何故同じ墓所にあるのかについては次のような面白いはなしがある
小野篁は“閻魔大王のもとで裁判の補佐役をするため 毎夜家の裏の井戸を通って地獄に降りていた”という奇怪な伝説をもつ人物 紫式部は『源氏物語』という男女の愛欲を赤裸々に描いた淫らな作品の著者という罪で地獄におちてしまった この小野篁が閻魔大王にとりなしたことで式部は地獄から助け出された..という伝説に基づくもの!
現在の墳丘に本当に二人が眠っているかということについては大いに疑問視されてきたが14世紀の古文書解説書として知られる『河海抄』という文献のなかでは既に二人の墓としているためかなり昔から二人の墓にまつわる伝説は受け継がれてきた事実であることは間違いない!
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