京都 紫野
雲 林 院

宝永4年(1707)に建てられ『源氏物語』『山槐記』『今昔物語』『伊勢物語』『大鏡』『平家物語』など数多くの書物に登場する程由緒あるお寺 紫式部の名も紫野雲林院に由来
観音堂
雲林院は現在の京都市北区紫野にあった もとは淳和天皇(在位823〜833)の離宮紫野院であった後に仁明天皇の皇子常康親王に賜った貞観11年(869)親王が亡くなった後 僧正遍昭に譲られ天台宗の寺 雲林院となった
菩提講が有名で「大鏡」は此処の菩提講で落ち合った老人の昔物語という趣向で展開される「源氏物語」「伊勢物語」にも雲林院の名は現われ「古今集」などの歌集で歌の名所でもある しかし応仁の乱(1567〜1477)の兵火により廃絶し跡地に大徳寺が建立された
現在大徳寺によって再建された観音堂のみが昔の雲林院の由緒を伝えている
【アクセス】
● 交通
市バス「大徳寺前」下車
● 所在地
京都市北区紫野雲林院町
摂津の国の芦屋公光は幼少の頃から伊勢物語に心酔していた ある夜 京都紫野雲林院で在原業平と二条の后が伊勢物語の草子を持って佇んでいる夢を見た 不思議に思い雲林院に行く
老翁のすすめで木陰に伏して寝ていると業平の霊が現われ伊勢物語の秘事(二条后との恋愛の事)を語りその時の思い出に折からの桜月夜に興じて舞の袖を翻し「昔男の古へ」を語るうちに夜も明けて公光の夢は覚める という風雅な情緒ある物語
雲林院は平安時代の紫野の史跡 付近一帯は広大な荒野で狩猟も行われていた 淳和天皇(在位823〜833)は広大な離宮紫野院を造られ度々行幸された 桜や紅葉の名所として知られ文人を交えての歌舞の宴も行われた 後に仁明天皇皇子常康(つねやす)親王に伝えら貞観11年(869)に僧正遍昭(へんじょう)を招き雲林院と呼ばれ官寺となった 寺としての雲林院は菩提講が名高い
鎌倉時代には雲林院の敷地に大徳寺が建立され 現在の観音堂は宝永4年(1707)に再建され十一面千手観世音菩薩像 大徳寺開山大燈国師像を安置している
これやきく雲の林の寺ならん 花を尋ねるこころやすめん 西行
京都 紫野 雲林院
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