廬山寺
ろさんじ
紫式部邸宅跡

廬山天台 講寺 圓浄宗大本山
天慶1年(938年)延暦寺中興の祖 元三大師良源が開基した圓浄宗本山 紫式部の邸跡で源氏の庭 お土居などが残る



【アクセス】

所在地

上京区寺町通広小路上ル北ノ辺町397
交通
市バス 府立医大病院前

開門時間
9:00〜16:00
料金 大人400円小中300円
問い合わせ先
廬山寺 075-231-0355



紫式部の書斎
源氏物語 紫式部日記 紫式部集などを執筆した 紫式部の父 越前の守藤原為時で和歌 詩文に長じていました紫式部は2才のころ同族の藤原宣孝と結婚 一女賢子が生まれました 結婚生活わずかにして1001年(長保3)夫に死別しました

1005/6年(寛弘2)一条天皇の中宮彰子に仕え1014年(長和3)大作「源氏物語」を書き上げ翌年の春ごろ38才の若さで逝去したと推定されています


源氏の庭
白砂が敷かれ杉苔を洲浜形に苔の上 紫の桔梗を植え美しい雲上の庭園


廬山寺チェック
大寺院に比べれば小ぶりですが山門前に元三大師の碑があり門柱脇の白壁には紫式部邸宅跡の標識が掲げてあり 山門に白壁が映え境内の石畳と落着いた大師堂の姿が清楚さを感じる

938年(天慶元)に延暦寺18代座主で中興の祖といわれた元三(がんさん)大師良源が北山に創建した与願金剛院(よがんこんごういん)に始まり 後嵯峨天皇によって船岡山の北の麓に移り廬山天台講寺と寺名を改めた

その後豊臣秀吉の京都改造事業で天正年間(1573-92)現在の寺町通に移された

毎年2月3日15時から大師堂で節分会の“鬼の法楽”が行なわれる!元三大師が村上天皇の御代のころ宮中で300日間の護摩修行中に悪鬼が現れて邪魔をしたので大師が法力によって退散させたという故事にちなんだ節分行事です!



豊臣秀吉は1587年(天正15)京都内野の旧大内裏址に現在の京都御所に匹敵する規模の「聚楽第」を完成し1590年(天正18)に京都の都市改造に着手し市街地の南北に何本もの道路を通し短冊形の町割を行い三条大橋を架設し東海道の京都の玄関口とした

洛中のあちこちにあった寺院を移転させ寺町通と寺之内通寺院街を形成 1590年には仕上げとして新しくできた京の町を「御土居堀(おどいほり)」で囲み北は鷹峯(たかがみね)東は鴨川西は紙屋川南は九条まで全長約23キロに及び「京廻りノ堤」と呼ばれました

御土居の高さは約3.6mから5.4m幅は約20m 御土居の外側には幅約20mの堀が廻らされ 京都を守る御土居堀の内側を「洛中」外側を「洛外」に分け洛中と洛外の往来は京の七口という関所を設け監視したのです!








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